成長の布石

〜今日の自分をちょっぴり上回る明日へ〜

人の機嫌を伺うのは疲れるので気にしないことにしたら、意外と心が楽になった。

あの人にどう思われているかな?

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私も物心ついた時から、嫌われないようにと周りに人に気を使いながら生きてきました。でもどうやっても嫌われる人には嫌われてしまうものです。みんなから好かれる人なんていないのですから堂々としておけばいいのです。

機嫌を取るのは正直、自分の子供だけでいいと思う。

ちょっと誇大した主張かもしれませんが、機嫌を取るのは自分にとって本当に大切だと思える人、無償の愛を注げる人だけでいいと思います。あの人にどう思われているかを毎日毎日悩んで生活するなんて体に毒です。誰からも嫌われなければ幸せなのでしょうか。幸せというよりは不安や悩みの種が1つ消えるくらいで幸せにはなれませんよ。そんなことに悩むなんてムダです。

 

嫌われてもいい!自分の意見を無理に人に合わせない!

反感買いそうだからと、自分の意見を閉じ込めておくのはもったいないですよ。たとえ、嫌われたり陰口叩かれてもいいんです。堂々と自分の意見を言いましょう。あなたの素晴らしい考えを発言してこそあなたの人生です。誰にも合わせる必要はなく、本当に心から良いと思ったものに賛同すればよいのです。気を遣ってあげなくていいんです。

 

陰口をたたく人は一人では何もできない。

あなたが機嫌を取ることをやめると、陰口が待っています。この陰口が発生するメカニズムは世界共通みたいです。陰口や愚痴などは一人で吐くことは出来ませんから徒党を組みます。徒党を組むことにより陰口を行っている人たちは強くなったと錯覚します。でも、実際は一人では何も出来ないのです。そんな弱い人に怯える必要などありましょうか?いえ、全く怯える必要はございません。

 

機嫌を伺うことをやめた私はというと

はい。楽になりました。嫌われるかもという恐怖がつきまとっていましたが、「この人に嫌われようがバカにされようが、自分はそれを拒絶することを選べる」という考えになりました。これは名著「7つの習慣」でもありましたが、バカにされたり罵倒されたりして惨めな気持ちになってしまう人は、惨めな気持ちになることを選んだ結果だそうです。何を言われても、私は馬鹿にされるようなことはやっていないからと、強い気持ちを持ち、私は私以外の人によって傷つけることは出来ないと思い込みます。すると、だんだん、楽になってきます(即効性はないので常にそう思うようにします)

 

宗教っぽく聞こえるかもしれませんが、マインドをセットすることは、生きていく上でたいへん価値あることです。スポーツ選手も「心・技・体」というほどに、初めに「心」がきます。

 

心で負けないあなたは、何度でもやり直せます。

 

いろんな人に気を使い過ぎて、その大切な大切な「心」をすり減らすのは今日までにして、明日からあなたの思うように接していけばいいのです。もう一度言いますが、みんなから好かれるなんて無理なんです。ありのままにあなたのこと見てくれて、心を通わせることが出来る人の機嫌を取るだけで十分です。

 

私は嫌われて後悔するより、自分を出せずに後悔することのほうが、

100倍嫌です。もちろんそうじゃない人もいます。それも間違いではありません。

 

ただ、自分の人生は自分で決めて責任を持ち、死ぬ前に「良い人生だった!」と

言えるように毎日過ごして行きたいです。

 

それでは!

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